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zoom RSS 中国大返し

<<   作成日時 : 2006/07/08 19:19   >>

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どうも、管理人のDOROです。僕は一応まだ20代の若者なのですが、仕事が忙しいこともあり、最近はめっきり運動不足です。これじゃイカン、ということで今日は久々にランニングなどをしてみました。

しかし、まあこれがキツイ!30分も走らないうちにヒーヒーと言いはじめ、体中がギシギシと音を立て始めたので、そのままリタイア・・・。
走り終えて、ふと思いました、そう秀吉の中国大返しです。

備中高松上を攻めていた秀吉が、本能寺の変を知り、すぐに毛利軍と和議をまとめ、京に向かって引き返しました。これが、6月6日の昼頃と伝えられています。その後、中国路を一気に駆け抜け、尼崎城に到着したのが、6月11日であると言われています。

高松城から尼崎城までは、約200km。これを5日で到着した訳です。1日平均で約40kmを駆け抜けた事実、これは冷静に考えると、凄いことであります。

1日40km、歩けますか?まあ、時速5kmで、8時間歩けばいいんじゃないか、と単純に思う方も居るかも分かりませんが、無理です。少なくとも、運動不足のサラリーマンにはとても無理でしょう。

当時世界一歩く、といわれた旧日本軍の1日の標準移動距離が約20kmと言われています。強行軍の場合は、1日40kmというのもあったそうですが、それでも戦闘が予想される場合には強行軍は避けよ、というのが当時の軍事教本にあったような記憶があります。

つまり、旧日本軍の強行軍を5日続けたのが中国大返しであるとも言えます。まあ、旧軍の行進とは違って、中国大返しの場合も、先行する本隊から脱落した隊が、城で一息つくたびに追いついてくるといったような状態ではあったようです。

しかも、当時の戦闘部隊といえば、おなじみの鎧兜に刀槍、数十キロの装備を背負っての移動でありました。

以前、もう十年以上前ですが、NHKで中国大返しを扱った番組がありました。その中の実験で、鎧兜を装着した状態で、人間はどれくらい走れるかというのをやっていました。番組が用意したのは鍛えられた体育会系の学生でしたが、確か30分も走らないうちにギブアップとなっていました。このことから、番組では中国大返しは移動し続けた部隊も凄いが、むしろ、移動を支えた周辺住民とそれを実現できる状態にあった秀吉の政治力こそに価値がある、という結論だったように思います。さもありなん、という感じですね。

いずれにせよ、今の僕は中国大返しどころか、旧日本軍の行軍にもついていません。せめて、鎧兜ではなく、スーツと革靴でも、最寄の駅までは走りきれるようにしたい、と決心した筆者でした。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
中国大返しは、鎧・兜・武器等つけないで軽装で走ったと認識しております。
ただ、あの時の緊急時に兵士用の炊き出しや換えの草履を付近の農民に用意させた体制作りには、ただならぬ統制力を感じざるを得ません。
迷探偵湖南
2007/12/02 14:22
迷探偵湖南様

コメントありがとうございます。
やはりそうですか、武具装備での移動は無理ですよね。
自勢力圏内の移動であったからこそ可能であった大返しかもわかりません。
そう考えると、戦争における兵站の重要性を認識していたはずの秀吉が朝鮮の役では兵站に泣いた、というのはなんとも皮肉です。
またのお越しをお待ちしています。
DORO
2007/12/02 15:14

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